9話「この成長のゴールはどこだ？」

もっと「人として成長したら」変わると思って……

単身、異国の地へと飛び立った！

い、異国の地！？

そう、アメリカに留学したんだ。ちょうど留学インターンシップをやっている時期だったから

たしかにウチの大学、留学に力入れてるもんな〜

でしょ。異文化に触れる、現地の人と交流する。そして、人として成長できた……よく聞く話じゃない？

周りにもいるなぁ、そういう友だち

そういえば、山下も留学するって意気込んでたよな

英語できるようになったら行くし！

それ絶対行かないやつじゃん

僕も山下くんみたく、意気込んでアメリカに行ってね。インターン先の企業で、感銘を受けたんだ

その会社の社訓が……

「Ever Onward」

えーっと……

え？ ふぉーえゔぁーら…　

「エバーオンワード」な

そう、「限りなき前進」。どこまでも成長しつづけようっていう意味だね

ほぁ〜。やっぱ違うな〜

もう響きがカッコいいよね

「たゆまぬ努力が大事」って、いつも朝礼で言われてたよ。みんな、充実してるように見えた

そんな人たちを見て「僕もこうなりたい！」と思った。だから、何を読んでいるか聞いた。それで勧められたものは全部読んだ

そこまで！？

ビジネス本から哲学書まで、月に20冊は読んだと思うな。移動時間も読書、寝る前も読書……今考えると読書漬けだった

月に20冊！？

すげ〜！

山下は？

積ん読が20冊！

誇らしげにすな

あと、英語を勉強するために、とにかく英語の映画とアニメを観まくったね

英語がわかるようになってくると、本もスラスラ読めるようになるし、ジョークも言えるようになるし

「今すごく成長してる！」って実感があって、面白くてしょうがなかった

いや〜それはマジでテンション上がりますよね！今、俺なんでもできんじゃね！？みたいな！

わかるわかる。今までできなかったことが、できるようになるのって本当に楽しいよね

うんうん！

でも、そんな僕のところにまたやってきたんだよ……

アレが！

ま、まさか……

そう。「むなしさ」がね

え！？こんなにスキルアップしてる時なのに！？

そうなんだ。ネイティブと英語で、商談ができるようにもなったしね

す、すごすぎませんか？

インターン留学すご……

「もっと色々できるようになりたい」って気持ちがどんどん強くなっていった

だから、読書量も増やしたし、映画やアニメだけじゃなくてニュースも観るようにした

でも、フッときたんだ。むなしさが

え

どこまで頑張ったらいいんだろう？　ここまでして何があるんだろう？

「この成長に何の意味があるんだろう」って

えぇ……

もちろん、成長した時は達成感を感じる。だけど、ね

……うわぁ、そのむなしさあるなあ……。俺だけじゃなかったんだ……

そうなんだ。そこで、キリがないなって気づいたんだ

成長は、キリがない

そう。今思うと、歎異抄の言葉が心に染みるんだ……みんな、覚えてるかい？『煩悩具足の凡夫』

あ！たしかに前に出てきましたね

そう。煩悩具足の凡夫。僕ら人間は煩悩100%でできている。その煩悩の中でも「貪欲（とんよく）」を思い出したんだ

才能が欲しい、ねばり強さが欲しい、ああなりたい、こうなりたい……

そうっすね、俺もそうかも

才能とかセンスは、欲しいですね。やっぱり

そうだよね。僕も最初は、周りの日本人よりも英語が喋れるようになりたい、と思ってたんだけど

だんだん、通訳と比較し、今度はネイティブと比べるようになって

それで英語だけじゃなく、プレゼン能力も欲しい、コミュニケーション力も欲しいと思うようになって

とまらない……！

どこまで頑張ったらいいんだろう、ゴールがないじゃないか、と感じたんだ

これが、留学した1番の学びだったよ

え〜、でも、成長し続けるからいいんじゃないすか？　それ自体が楽しいし

山下くん

ハ、ハイ！

それこそ、向上心がある人ほど陥りやすいワナなんだ

ワナ！？

たとえば、泳ぎ方ってたどり着きたい場所に合わせて選ぶでしょ？

早く着くためにクロールで泳ごうとか、スタミナが切れないように平泳ぎにしようとか

そ、そうっすね

でも、どれだけ早く泳げるようになっても、目的地と反対方向に進んでたら意味がない

成長するのはいいこと。だけど、成長自体が目的になっちゃいけないんだ

「何のために成長するか」ってところが大事なわけですね

そう。成長はあくまでも手段なんだ

山下、元気出しなよ

元気だけがとりえだろ

フォローになってねぇわ！

………と何のために努力してるんだろうと考えているうちに、就活シーズン！

就職氷河期の中、第一志望の会社に入ることができた！

さすが鈴木さん！

でも……入社した最初はよかったんだけど……

「ウツ」に、なっちゃったんだ