15話「なくした思い出と、消えない問い」

15話「なくした思い出と、消えない問い」

< 14話「忍び寄る魔の手」

どこかズレた二人の時間

あと、半年。この時間を、妻にとって最高の思い出にしたい

鈴木さん……

そう思って、僕は仕事を休んだ。

彼女は何をしたら喜んでくれるか……

思いついたのが、プレゼント だった

欲しいものはなんだろう。……そういえば結婚する前、彼女が話してたな……お母さんとの思い出の腕時計を探してるって……

メーカーや型番を調べ、発見はできた。けど、販売は終了し、もう買うことはできない……

……でも、それであきらめることはできない

譲ってくれる人、中古市場で出回ってるかもしれない!

僕は、必死に探しまわった。そして……

(鈴木さん、そこまで奥さんのことを……)

「おかえりなさい……って、それ…」

「うん。前さ、話してたじゃない」

「もしかして……わざわざ探してくれたの?」

「……ううん。何気なく寄った店に、飾ってあってさ」

「あなた、ありがとう」

妻は、微笑んだ

奥さん……

あぁ、喜んでくれた……!よかった!

と思った……けれど

え……

元気な時に見せてくれた笑顔とは、別物だった

儚げな……今にも散ってしまいそうな、そんな微笑みだった

……

もう、そんな笑顔は見たくなかった。どうしたらいいか……僕に何ができるか……

考えて考えて……仲のいい友だちを呼んだ。中学、大学の共通の友だちだ

懐かしい友人と、楽しいひと時をと思ってね

(たしかにそれなら……)

その友だちに、こんなこと言われてさ

「コイツ、付き合えたこと、1週間近く自慢してきたんだよ(笑)」とか

「知ってた? 中学ん時さ、お前が引っ越すって聞いて、大泣きしてたんだぜ(笑)」とか

今までの秘密を、これでもかという程バラされてね、あはは……

妻は、昔の友だちとの会話を楽しんでるようだった

妻は、笑っていた。だけど………

……だけど、昔の眩しい笑顔とは……程遠かった

そうこうしているうちに、1日、また1日と時間は過ぎていった……

自宅で療養するようになって、しばらく経ってのことだった

「……初めてのデート、覚えてる?」

「うん。……水族館だったよね?」

「イルカショー観て、2人して水かぶったわよね」

「あの時は、帰るの大変だったね……」

「大学の卒業旅行も、楽しかった」

「途中から、2人で抜け出して……ワクワクした」

本当に、楽しかったわね……

……!

ポツリと、妻がつぶやいた

僕は、ハッとした……

妻の言うように、幸せだった、だけど――

……それ以上に……「みんな、終わってしまった」……って

(ツラい…………ツラすぎる…………)

どれだけ、楽しかったとしても……今じゃないから、ね

思い出に甘さはあっても……今を、楽しくするはない……

僕は、何も、返せないままだった

しばらくの、沈黙。それを破るように……妻が口を開いた

「ねぇ、あなた」

僕は、彼女の顔を見た

「人って……何のために生きてるのかしらね」

!!

な……

僕は……息を呑んだ

妻の、悲痛な心の叫びだった

「そんなこと、言わないでくれ」

「君が生きてる意味は、あるに決まってる……」

――と。そこまで考えて、言葉にするのをやめた

「じゃあ、何で?」

そう聞き返された時、答えられない自分がいたからだ

(あ……) 

何のために、生きてるか――

(この前、俺らが語り尽くした……)

僕の答えでは……彼女の瞳に、希望は灯らないんじゃないか――

そう思うと、彼女の顔をまっすぐ見れなくなった

僕は、無力だ――

重い部屋、重い雰囲気。僕は、必死に言葉を探した

「……っ、の、飲み物、……っ取って、くるよ」

――苦しい、苦しい言い訳だった

……涙が止まるまで、妻の前に姿を見せる事はできなかった

(やっぱり……)

(あの時の話……)

(鈴木さん自身の話だった……!)

7話 15:35~

結局……妻の最期の問いに、僕は答えられなかった

(俺だったら、何を……)

(どう答えれば……)

(………………わからない……)

早すぎる現実と、遅れた実感

それから――あっという間だった

3日後、妻は亡くなった

……!

え……

そん、な……

闘病にもね、耐え抜いた妻が、だよ

あんなに、あんなに気丈に……頑張ってた妻が……

プツン、と事切れたように

もちろんさ、生き返る……なんてことも、なく……

葬式をあげていた。気持ちの整理がつかないまま……あれよあれよという間に

不思議なものでね……

涙が……出てこないんだ、こういう時

泣けなかった

……!

妻は……死んだ。頭ではわかっているけど、受け入れられない

葬式をあげても。遺骨を拾っても。死亡届を出しても

……

実感がわかない、全然

どこかでまた、ひょこっと現れるんじゃないか

……

また、お店でバッタリ再会できるんじゃないか……ってね

……

もろもろの手続きを終えて、ようやく家に帰れたのは5日後の夜……

僕は、電気をつけた。がらんとした部屋の広さに驚いた

部屋を、見渡すとさ。あるんだ

一緒に座ってたソファ

おそろいのマグカップが

でも、妻は、もういない

もう二度と、ここで会うこともできない

リビングで、話すこともできない

そこで初めて実感した……

妻が死んだことを

気がつけば……涙が止まらなくなっていた

一生分、泣いた

……

胸がはりさけるくらい、苦しかった

愛別離苦」――まさに愛別離苦だった

出会いに潜む、別れ

アイベツリク、ですか?

うん。愛するものと離れる苦しみ、のことだね

この間話した、四苦八苦の中の1つ。それが、愛別離苦だ

手放したくないものを失うと、必ず苦しみがある

それこそ朝の布団ですらそう。ギリギリまで寝てたいよね

(たしかに。特に冬なんか……)

バイト先で働いてた、好きな子が辞める。辞めてほしくない

(あるなあ……)

海外へ行ってしまった、友だち。なかなか会えないと、ツライものがあるよね

仲が良かったら、なおさらですよね……

物は、いつか必ず壊れる。人とは、いつか必ず別れる

大事な人とも、別れなきゃいけない

たしかに……否定できない、っすね

いつか別れるとわかっていても……ずっと一緒にいたい、と人は望んでしまう

「『このまま永遠に一緒にいたい』と思っていたけれど……消えゆく命は止められない。なんと悲しいことか」

源氏物語の言葉だけどね。まさにこんな気持ちだった

ずっと一緒にいたくても……それはムリってことっすよね

そう……。「会者定離」だね

会った人とは、離れることが定まっている……

出会ったら、必ず別れがあるってことですよね……

まさに。しかも、大切であればあるほど、別れがツラくなる

その究極が、「」ということなんだ

妻を亡くして、世界は一変した。僕は……生きる希望を見失っていた

妻は、どう答えてほしかったんだろう……

僕は、どう答えればよかったんだろう……

……でもね。 見逃していたことがあった

それも、非常に大きな、ね……

見逃していたこと……?

(つづく

全話一覧
意見を伝える

※ヨアケの内容やURLは、限定コンテンツにつき、SNS等での共有はお控えください。