14話「忍び寄る魔の手」

14話「忍び寄る魔の手」

13話「スズキ・ラブストーリー」

それは、ささいなきっかけ

妻といるのは、本当に楽しくてさ。よく一緒に食事を作ったりもしたなぁ

僕は、料理ができるわけではないんだけど、妻となら何でも楽しくてね

ラブラブですね〜

あ、味見にかこつけて、食べさせあったり?

よくしたねえ

鈴木さん、ノロケじゃないですか〜!

お前ら、うらやましいんだろ

うらやましいです!!

素直か!

しかしその日は……突然、訪れた

えっ

妻が腰をよく抑えるようになったんだ。「腰痛いの?」って聞くと

「そうなの。重いもの持ったりしてないのにね」

まぁ、腰痛なんてよくあることだよなと思いつつ、整体を勧めたくらいだった

たしかに。珍しいことではないですよね……?

ね。その日以来、話題に上がることもなかった。だから、そんな話をしたのもすっかり忘れていた

だけど……妻の体は、ね……

え……っ

数日後……。夜中、隣で寝ていた妻が、急に起き上がった

僕もつられて目をさます

「どうしたの?」

「……ちょっと目がさめただけ」

珍しいなとは思いつつ、特に気にも留めなかった

何だか、僕も少し目が冴えてきて、何となく彼女を見ていた時……

……ん?妻の姿に、違和感を覚えた

違和感……っすか?

そう。彼女はね、普段からすごく姿勢がよかったんだ。立ってる時も、座ってる時も

でもその時、彼女は猫背ぎみにベッドに腰かけていた。ちょっとおかしいな……そう思った僕は、声をかけた

「……どこか、具合悪いの?」

「ううん。大丈夫よ」

でも、相変わらず前かがみ。さっきよりもヒドくなった気さえする……

奥さん、どうしたんだろう……

「…………お腹、痛いとか?」

「お腹は痛くないわ」

再び、疑問に思った。お腹「」?

「……もしかして、他にどこか痛いの?」

「……………実、は……ね」

彼女は、話さなかっただけで、あれからずっと腰に痛みがあったらしい

起業で一生懸命な僕に、余計な心配はかけまいとして黙ってたんだ

お、奥さん……。鈴木さんのために……!

妻に心労をかけたことを悔やみながらも、すぐに妻と一緒に近くの病院へ向かった

嫌な予感がしたからだ

夜中にも関わらず、病院は快く診断を受け入れてくれた。一連の検査が終わり、結果を待った

「きっと大丈夫。何ともない」と思いつつも、内心……不安だらけ

少しずつ会話は消えて、待合室に静寂が訪れた

……すさまじい緊張感、ですね

「鈴木さーん」と、看護師さんの呼ぶ声

何も、何もないでくれ……!

通された部屋で、待っていたのは衝撃の事実だった

「……診断結果は、ガンです」

……っ!

闘病する中で

僕は、理解が追いついていなかった。気づけば、聞き返していた

「えっと……い、今なんて……?」

「子宮頸ガンです。ステージは3です」

僕は、思わず妻を見た。彼女は、眉1つ動かさずに黙って聞いていた

つ、強い人なんですね、鈴木さんの奥さん

うん。その時の彼女は、本当に気丈だった

本当は妻のほうが何倍も不安なはずなのに、動揺してしまった自分が情けなくなったよ

落ち着いたのがわかったのか、医師は、くわしく話してくれた

子宮頸がんは40代の女性に多いが、最近は20代〜30代でも発症すること

ガン患者数は、毎年100万人近く。100人に1人くらいと考えると、決して少なくない

えっ!?そんなにいるんすか!?

想像よりはるかに多い……

さらに、だ。若い人でも、ガンになる可能性はある

若い世代のガン患者数は、わかっているだけで約2万人。診断されてないだけで発症している人も入れたら、もっといる

他人事じゃない……

そう。だから、年齢関係なくいつ発症してもおかしくない病気なんだ……

医師は、入院して治すことを勧めてくれた

「子宮頸ガンは、治療すれば治ります。ツラいこともあるでしょうが、頑張っていきましょう!」

僕と妻は、顔を見合わせてうなずいた。

正直、ガン宣告に驚きはしたけど、治る見込みは十分ある! 悲観する必要はない

たしかに! 完治して、元気に暮らしてる人はたくさんいますよね!

まさに。希望を胸に、ぼくらの闘病生活が始まった!

早速、準備を整えて、入院した

最初のうちは、余裕があった。

僕が仕事を早々に切り上げ、お見舞いに行くと、「ちゃんとご飯は食べてる?」「部屋はキレイにしてる?」と茶化すくらいにはね(笑)

鈴木さん、逆に心配されてるじゃないっすか!

まぁ、妻がいないと、家のことは何もできなかったからね(笑)

……でも、2週間も経つと、目に見えて弱ってるのがわかった

え……

「めまいがして歩けない」「起き上がれないほどダルい」

それらは抗がん剤の副作用だった

心配になって、「ご飯は食べれてる?」と聞いた

すると、「それが1番大変なの」って。妻の頬は入院前よりこけていた

食欲がないってことですか……?

そう言ってたね

「炊きたてのご飯の匂いも、あったかいお味噌汁の匂いも、ダメ」と力なく笑ってたよ

悲しいことに、おいしいものを食べた時の彼女の笑顔は、すでに見れなくなっていた

闘病ってテレビでしか見たことなかったけど、めちゃめちゃ大変なんすね……

…………でもね

もっとツラそうだったのは……、だった

髪が、どんどん……抜けるんだ。あれはドラマの中の話じゃない……妻も同じだった

「あはは、も〜……こんなんじゃカツラだよ〜……」

そうやって笑い飛ばそうとしてたけど、から元気なのはすぐにわかった

……うぅ……切ない……

僕は思わず……

「僕もすぐカツラになるって(笑)」

「……ぷっ……ふふ、もう、なにそれ。笑わせないでよ、もう」

ツラくても頑張ろうとしている彼女を、できるだけ元気づけたかった。笑ってほしかったんだ

鈴木さん……

知識として知ってはいましたけど……実際に話を聞くと……

ちょっと……徒然草の一節を思い出しました

あぁ……なんとなく意味はわかる……

「……人は皆、病気におかされる。病気にかかったら、苦しくて仕方がない」

まさに、この間の話の通りですね……

四苦の中の「病苦」だね。病気になると、とにかく余裕がなくなってくる

「もし治らなかったら……って思うと、すごく怖い」

「自分の病気が1番ツラい」と思うっていう話はしたけど……

「死ぬ可能性のある病気」にかかったら、今までの病気なんて……って思うよね

………

しかし!妻の口ぐせは、「早く治したい」だった

妻は、全くあきらめてはいなかったんだ

もちろん、僕も

抗がん剤の副作用に苦しみつつも、二人三脚で闘病を続けた

仕事の時間を減らし、毎日妻の喜ぶ本や映画を持っていった。最新医療の調査もずっとしていた

妻も妻で体力がつくよう、食事や薬の投与をがんばって続けていた

え……!?

放たれた非情な言葉

2人とも、不安に駆られながら、医師の言葉を待った

どんな話だろう、何で呼び出されたんだろう

「鈴木さん」

「治療の経過は、いい感じですよ。退院後は、家でゆっくりお過ごしください」

妻は、ホッとしたようだった

ふ、ふぃ〜っ……

び、びっくりしたぁ……

しかし………

「この後、自宅での療養について説明しますので」と、僕だけが残された

それって……

………

まさか……

………そう。僕も、まさかと思ってた

その、まさかだった

「………奥様は……」

僕は、息を呑んだ。とにかく、次の言葉を待った

 「…………ステージ4に、進行しています。残念ながら、もう治療は……」

頭が真っ白になった

そ………

「……緩和ケアをしながら、穏やかに過ごされたほうがいいでしょう」

乾いてはりついた口を必死に動かして、僕は尋ねた

「……ぁ、あ、あと、どれくらいですか……?」

本当は、知りたくなかった。  
でも、残された妻との時間を考えると、聞くしかなかった

………

「長くて、あと半年程度……です」

その後、どうやって病院を出たのか、家に帰ったのか覚えてない……気づけば、退院の日が迫っていた

「やっと家に帰れる!」とほほえむ妻を見て、やるせない気持ちになった。

僕だけが、知っている。一緒に過ごせる時間が、わずかだということを

わずか……

懐かしの我が家に帰ってきた妻は、自由にできることを喜んでた

僕はというと、少しでも妻との時間を取りたくて、仕事を休むことが多くなっていた

妻からは「社長!お仕事のほうは大丈夫なんですか〜?」と言われることもあった

……奥さん……

自宅療養が始まって、少し経った頃――

……僕は、妻から「衝撃的な問い」を投げかけられることになる

しょ

衝撃的な……

問い……!?

(つづく

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